cat & house sitter ,and POP

先週末、リンダの家のcat & house sitterを頼まれた。旧友のご葬儀に参加するため、急遽サウス・カリフォルニアに向かうことになったためである。リンダは、うちから車で20分ほどの、サンアンセルモという美しい町に住んでいる。彼女の家には、いたるところに著名な写真家のファインプリントが掛けられ、ネイティブアメリカンをはじめ、アジアや世界各国の骨董が無数に置かれている。まるでギャラリーか博物館かと思うような見たこともないすごい家なのです。3匹の猫のお世話とともに、彼女の暗室を自由に使っていいという素晴らしい提案をいただき、8x10のネガを使ってPOP(太陽光を使う古典技法によるプリント)のプリントにチャレンジすることになった。事前に数回の個人指導を受け、彼女の㊙暗室ワークを修行中の身であるが、実際に自分で行うのは初めてである。先日、リンダが恐れ多くも私のネガをプリントしてくれて、感謝感激だったのですが、ネガのコントラストが足りないなめ、浅いプリントとなってしまったので、今回は、そのネガをトーニングしてコントラストをつけてから、再度プリントしてみようということとなった。
 ネコと暮らすのは初めてである。実をいうと、花粉同様わたしはネコアレルギーでもあるのだ。いままで彼女の家で、そう感じたことはなかったし、リンダの家は広いので、きっとアレルギーも薄まるだろうという何の根拠もない希望的観測で2泊3日を乗り切ろうと考えた。
 昼間は少しくしゃみがでるかな〜〜というくらいだったが、問題は夜である。リンダのベッドに寝ていると誰かが私の顔の上で寝ていたり(もちろんネコのことである)、悲しいことに近距離を避けられない。翌日は結構症状がでてきたが、そんなことを気にするのはいっさいやめにして、鼻水を流しながらも彼らと楽しむことに決めた。
 ネコたちの名前は、ビーナス、マース、ルナ。ビーナスはプライドの高い女王様、マースはロシアン・ブルーの静かな男の子、ルナは同じくロシアン・ブルーのまだ1才にならないの甘えん坊。ネコには、嬉しいとか悲しいとかの表情がないものなのかと思っていたが、こうやって1日中一緒にいてみると、彼らにも、微妙な変化があることを知った。一番意外だったのはビーナスである。彼女はいつもどこかお高い感じのよそよそしい雰囲気があったが、遊んでみるとすごくやんちゃで魅力的だった。
 私が朝起きると、みんなわたしのところに集まってきて、「Let's go!」というと、一斉に1階に駆け下りていき、朝ご飯をまっている。外に出かけていっても、夜になれば、必ず帰ってきて、わたしの前でコロンとおなかを出して甘えてくる。
わたしも、少しだけ彼らの家族気分を味わうことが出来た・・・。やっぱり命あるものと接することは、いいものだな。

 セレニウムトナーのアンモニア臭のなかで、くらくらしながらトーニングを終え、いざプリントとおもったが、なんと、週末中、どよんとした曇り空。プリントは、また、次回にBe Continueとなった。

 日本食を作ってリンダの帰りを待った。教育についてひとしきり語り合いながら、ワインが進んだ。リンダは、素晴らしい師匠である。なんといっても、スケールが大きい。こころ優しい女性的懐の広さも、尊敬。彼女の話を聞いているとわたしも、もっと、多くのことにチャレンジしたいと、勇気が湧いてくる。
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# by artaira | 2005-04-25 04:36 | ベイエリア暮らし

Nobhill lunch with Linda

 リンダを空港に送る前に、彼女の定例ランチ・ミーティングに招待していただいた。場所は、サンフランシスコでも高級レストランが集まるノブ・ヒルのとある高級フレンチ。ドアを開け店内に入ると、漂う空気が「高級」である。ギャルソンの靴音やカトラリーの音さえも、洗練された音色に聞こえてくる。周りを見回しながら嬉しそうにしているわたしに、リンダは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。
 階段を上り吹き抜けの正面にある個室に用意されていた20人ほどの大きなテーブルに着席した。主催はバーバラなる80歳の女性である。リンダから事前に「彼女はフォトグラファーで、ライターでもあり、とても、たくさんの友人とネーッとワークをもっているのよ」と聞いていた。わたしは、年齢からいって「リンダの先生だったの?」と尋ねると、「違うわ〜〜、私の生徒だったのよ!」リンダには、ほんとうにおおくの生徒がいる。こんなにたくさんのフォトグラファーを生み出している先生は他にいないのではないかとおもう。
 バーバラがナイフでノックしたワイングラスの響きで会が始まる。集まったメンバーはギャラリーのオーナー、クロニクルの記者、フォトグラファーをはじめとした様々なアーティスト、大学教授、などの個性的なキャラクターをもったキャリア・ウーマンばかり。ひとりひとり、近況や、インフォメーションを話していく。わたしのことは、リンダがとても素晴らしく紹介してくださり、また、自分でもちょっぴりガンバッて挨拶をした。
 バーバラは、黒のドレスにブロンドの髪を束ね、とてもエレガントで魅力的。凛とした姿勢のよさに、彼女の生き方を感じることが出来る。このような年の取り方が出来たらいいと思えるとても知的で素敵な方である。。
 リンダは、この会でも間違いなくリーダーである。知的なユーモアでそれぞれのコメントにスパイスを加え、存在感満点である。とにかく、堂々としていて、かっこいいのだ。もちろんリンダは、作品、人間性ともに、わたしの目指す生き方をしている人である。
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# by artaira | 2005-04-22 03:21 | ひとりごと

Dog-Sitter

c0029032_405521.jpg 先週末、dog sitterなるものを体験した。 baby sitterは日本でもよく耳にするが、こちらでは、代わりに世話をする人のことを、house sitterやらdog sitterと呼んでいる。
 今回のミッションは、2匹のジャック・ラッセル・テリア兄弟のsitterである。友人のニューヨーク出張の間、彼らとのお留守番を仰せつかった。今年の1月、17年を友にした愛犬を亡くしたわたしとしては、彼らと過ごす休日がすごく待ち遠しかった。
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1才弱のパピーの彼らは、超ラプリーである。テディ・ベアをこよなく愛するブラウンへヤーのお兄さんマグネットは、とても繊細で観察力抜群。弟のブレットは、名前のごとく弾丸のように突っ走っていく、天真爛漫な甘えん坊。ジャック・ラッセル・テリアは、一見すごくアグレッシブだが、実は賢く繊細。おどろくほど物覚えがいい。歯を剥き出しにした一見喧嘩のように見える彼らの格闘も、彼らならではのコミュニケーションとリクレーションのようだ。見ていて全然飽きることがない。また、聞き分けがいい。だが、彼らには英語じゃないと通じない!幸いなことに、わたしの英語も彼らに無事通じ、ちょっぴり自信が持てた(笑)。
 彼らとのお散歩は、運動不足の私の助けにもなり、たった2泊3日だったが、いつになく充実した週末となった。自分を待っている存在があるって、いいものだなー、なーんて思った。また、彼らのsitterになりたいなー。

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# by artaira | 2005-04-14 04:44 | ベイエリア暮らし

バカの壁

 前回、言葉の壁について少し触れたので、最近読んだ本のことを思い出した。
この間、こちらの友人が私に養老孟司氏の「バカの壁」をプレゼントしてくれた。ランドリーの間にプールサイドで(アパートに、ついているのだ!)ひなたぼっこをしながら一気に読んだ。

 そうそう、本とうに「知る」ってことは、自分がかわってしまうくらいのことなんだよね。いったん自分が死んだみたいに。わかるわかる。わたしも何度もその経験をしてきたな〜〜。いままで、生きているうちに何度も死んだから、たくさん生まれ変わっていまの自分があるなと実感してる。
 知ってるつもりのひとがいかに多いか。当たり前よ!って言葉、わたしも信用できないな〜〜っておもってた。そして、実はそういう言葉を使う人は本当のことを知りたくないと思ってる。同感同感。そういうひととの間には確かに見えない壁がある。どんなに、時間をかけて伝えてみても、知ろうとしない人に伝えようとするのは、むずかしい。

 
 うーん。
 この壁を越える方法についても、読んでみたいな。  
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# by artaira | 2005-04-07 14:46 | ひとりごと

Cotati

きょうは、とてもうれしいことがあった。かねてから私がバイブルにしているナタリー・ロジャース氏の表現療法を行っている、Person-Centered Expressive Therapy Instituteを主催しているパトリシアの表現アートセラピーのクラスに参加した。昨日電話でコンタクトを取ったときから、パトリシアは、ほんとうに暖かくこころの広いグレイト・スピリットの持ち主だなと直感した。私の自己紹介や、フォトセラピーのことを伝えると、「毎週木曜日にクラスを持ってるから、そこにきてみたら?」と気軽に声をかけてくれた。「それって、もしかして明日?」「あら、ほんと、明日だったわ〜〜」なんとも、気さくなかたである。

 向かった場所は、Cotati。こういう聞き慣れない地名は、たいがいネイティブ・アメリカンの言葉だ。カリフォルニアの地名は、その地に古くから住んでいた人々が使っていたスペイン語、ネイティブアメリカンの言葉がそのまま残っていることが多い。私の家もEL MARINEROという、いかにもスペイン風な通りの名前だ。
 Cotatiは、私の家から車で101に乗り、45分ほど走ったワインカントリーのソノマからほど近いところにある。ナタリーをはじめ、わたしの最も信頼する彼らがこんなに近くに住んでるなんて!

 パトリシアとは、不思議と会った瞬間から、ずっと前から知っていたような気がした。お互いに、アート表現をとおして、人々の心を自由にすることが私たちの大きな仕事だと語り合った。彼女は、私にフォトセラピーのプレゼンテーションの場を与えてくださり、2週間後には、彼女のクラスでアメリカで初のフォトセラピーのメソッドを英語で(!)公開することとなった。私のフォトセラピーの根底には、かれらの哲学が深く流れているので、きっと容易に理解してくれることだろう。プレッヤーはあるが、ひとつひとつ言葉を適切に伝えてみたい。そのときにピンホールカメラのプチワークショップもご披露してみようと思う。

 心から選んだ言葉で、会話をすると、本当に心は通い合う。

当然のことながら、言葉は大切なコミュニケーションツールである。でも、それだけではすべてをカバーすることはできない。

 言葉がわかっても壁がある。
 言葉がわからなくてもわかり合えることがる。
 それが、アート表現なのだ。

なんだか、いよいよわたしの次なるメソッドへのイマジネーションが湧いてきた!
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# by artaira | 2005-04-07 13:45 | エクスプレッシブアートセラピー

悲しいお知らせ

この1週間、HPがトラブっている。OSとソフトを新しくインストールしたことが始まりだ。互換性のことをすぐに忘れてしまうけど、これがけっこう取り返しのつかないこととなる。いつになったら復帰できるやら.....。とほほ。いましばらくお待ちくださいませ。
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# by artaira | 2005-04-06 13:37

Life is beautiful

あっというまに3月が終わろうとしている。今月最初で最後の更新だ!このところ、日本のマスコミも経済もいろいろ変動している様子。平和な日本でもなにが起こるかわからい今日この頃になった。ひごろ、世間にうとい私だが、息子の就職先が渦中の会社とあって、さすがにこのところ目をむけている。毎日なかなか身近な気分で勉強。日本時間のきょう、息子は初出社のもよう。

3月は、学生最後の春休みをかねて息子がこちらに滞在していた。3月初め、二人で、アリゾナ、ニューメキシコ、ネバダとながいながいLong Driveに出発した。
2週間の撮影旅行だったが、みごとにいろいろな思いと体験をした。ネイティウ゛アメリカンの貧しいリザベーションへの訪問、ツアーバスジャックもどきのどきどき体験、ニューメキシコでの悲しい盗難事件など、・・・・。でも、私たちにとってもっともすばらしい出来事は、お互いのいままでの誤解をわかり合い、こころから理解し合えたことだった。離婚後、わたしが、父親と母親の両方の役割をし、弱音をはかず常に前向きで明るく彼に接してきた母親像は、彼にとって安心な存在であったと同時に、それがわたしのすべてだという認識となっていたようだった。もちろん、私にも人並みに苦しみや悲しみがある。でも、離婚したときに、息子に心配をかけるようなことを見せるのはやめようと決めた。それが、離婚を選んだ親としての私の責任だと思ったからだ。

この旅は、ほとんどが車での移動。ニューメキシコまでは、ノンストップではしってもまるまる3日はかかる。アメリカは、ほんとうに広いのだ。私が撮影したいと思う遺跡まで、片道5時間なんてあたりまえ。もはや、ふたりとも「へ〜〜、近いじゃん!」ていっちゃうくらい。
24時間びったしいっしょ。×2週間だから、濃ゆ〜〜い。
以前、私が離婚した直後、息子が確か小学3年生くらいのときに、二人でオーストラリアに行ったときも、ケアンズの北から、グレートバリアリーフによりながら、ブリスベンまでの3000キロのLong Driveをしたことがある。
今回の走行距離は、5000キロに及んだ。日本列島を往復する距離だ。

旅の途中、車という狭い空間のかで、ささいなことから大げんかになった。泣きながら夜中に宿を探したことが発端となり、その翌日も長い間お互いに知らなかった出来事や、心中を語り合った。
「あなたは、何でもできて、へこたれない人だとずっと思ってた。あなたにも、弱さがあることを知って、よかった」
つらくても、同情票を集めて生きたいと思っていないだけで、でもこれは、実は日本では非常に生きにくい。みんな、かわいそうな人が好きだからな〜。

私は、子供時代につらそうな親をみるのが一番悲しかったので、自分の子供にはそうしたくなかった。だから、息子は「この人は強いから大丈夫」とおもって、なんでもわたしにぶつけてきた。それでよかったと思う。子供のときは余計な心配をしないほうがいい。その方が心が健康に育つ。ノー天気だと思っていた母親にもそんな一面があったことを知るのは、大人になってからでも遅くない。その方が、きちんと理解できるはずだ。

息子が十分に大人になったなと感じうれしく思った。
こんなことでもないと、2人で向き合うこともなかっただろう。なにせ、砂漠の中じゃあ、逃げ出したくてもどこにも逃げられないのだから。
わたしも、一人の人間としてとことん、話し合うことができたこと、そしてお互いの壁を越えられたことに、私たち親子のあたらしいスタートを感じた。

とにかく、これだけの長時間みつに息子とコミュニケーションをとることは、今後ないだろう。盗難にあった機材にも、語り尽くせない思いでがあるけれど、それらを奪われ泣き崩れた私をみて、息子が感じ得たことや、わたしの写真家活動に対する信念、夢、私たちの分かち合えた信頼関係など、すべてが必要必然であったのだろう。そして、いま、もっともかけがえのないものは、人との信頼と、真心だと深く深く感じる。このようなすばらしい体験の機会を与えていただけたことに、心より感謝!につきた。(やっぱ、前向きなのかな〜〜)

これからは、お互いに一人の人間として、それぞれの道を生きていく。わたしは、写真という表現を通して、わたしにいただいたものを多くの方々に伝えたたい。そして与えられた道を創っていこう。そして、今まで通り、息子の歩む道を見守り続けていきたい。

「何があっても僕はお母さんの味方だよ!」
旅の終わりに照れくさそうにいってくれた息子のこの言葉は、私の一生の宝物だ。最高の贈り物だとおもう。この言葉があれば、どんな険しい山も登っていくことができるだろう。また、わたしのこころに勇気が湧いてきた。

人生は、やっぱりビューティフルだな。
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# by artaira | 2005-03-31 21:09 | Road Movie

ファインディング・ネバーランド

c0029032_18133772.jpgきのうの夜、私の住むティブロンのシアターで「ファインディング・ネバーランド」を観た。日本では「ネバーランド」というタイトルのようだ。1900年初頭、劇作家として活躍したジェームズ・バリが「ピーターパン」を創りだすまでの、実話なのだそう。妻との関係に冷えきったジョニー・ディップ主演のジェームスが、偶然公園で出会った未亡人とその4人の息子たちとの交流を通し、「ネバーランド」とは何かを描いた作品。とりわけ感受性の強い三男のピーター(フレディ・ハイモア)とのこころのやり取りが思わず胸を熱くする。最愛の母の死に直面した傷心のピーターに、ジェイムスが「いつでも心の中に母は生きている」と伝えるラストは、そう「想像し」、「信じる」ということがすべてと語る。ひとはそうやって生きていくのだ。苦しい現実のなかで、夢や希望、大事な人との想い出をこころのなかで育みながら、だから、生きていけるのだ。生きることや、生きる意味、そして、生きていくために必要な強さを感じさせてくれる。映画の素晴らしさは、まるで自分が主人公のように、ほんの数時間でも、違う世界に生きさせてくれる。見終わった時には、わたしも信じることの大事さを体験したように改めて実感してしまった。希望をもって信じ続けること。信じるおもいの強さが、人生を切り開いていく強さとなること。まさに。I agree it!
 人生は、実は映画と同じように思う。リアリアリティーを帯びた想像の世界。よくも悪くもなく、自分が描いたストーリーの世界の中で人は生きているのだ。

 そして、現実に戻ってくると、火曜日は映画のディスカウントdayだったのだ。8ドル50セントのチケットがなーんと3ドル50セント引き。つまり5ドルでロードショウが鑑賞できちゃう。これ、やみつきになりそう。火曜は映画しよう!
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# by artaira | 2005-02-22 18:12 | 映画

あの雲のむこうへ

c0029032_16314835.jpgサンフランシスコは、冬が梅雨。気温的には、ちょうど日本の五月雨といったところ。
意外だが、何日も降り続けることもめずらしくない。
毎日ざーざー降りか、暗く重たい空ばかりみていると、
ここはロンドンだったかなと思ってしまう。
何人もの友人が、「ロンドンはね、あの気候のせいで気持ちが暗くなるのよ」といっていた。
日照時間と人間のこころの関係性は、いうまでもない。
日照時間の少ないところは、鬱傾向がつよくなり、また、不妊症が増える。
人間だけじゃなく、太陽が当たらないと植物は花を咲かすことができない。
日陰は、絶対にからだによくないのだ。
太陽のエネルギーがあるから、命は生きていける。

梅雨の晴れ間を待って、撮影にでかでる。
写真を撮りはじめると、じめじめ気分も晴れて、
不思議とこころが元気になる。
わたしには、やっぱり写真が必要だと感じる。

写真からも命をもらう。
そして、しっかりと自分を実感できる。

c0029032_16475050.jpgきょうは、8×10のカメラをもってSonomaにいった。
Sonomaは、Napaと並ぶカリフォルニア有数のワインカントリー。
広大なぶどう畑のおね一面に、菜の花がぶどうの芽吹きよりひとあし早く、
鮮やかに輝いていた。
そういえば、こちらは、もう、桜の花もピークを過ぎた。
日本より2か月ほど早いようにおもう。

梅雨が終わると、夏ではなく、一瞬にして過ぎていく新緑の季節がくる。
住み慣れた日本とは違う季節の変化も、新鮮で心地がいい。
c0029032_9365575.jpg
帰り道、夕日が落ちてからも雲を追いかけていると、小さな飛行場でセスナを見つけた。

無性にあの雲の向こうまで、飛んでいきたくなった。
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# by artaira | 2005-02-19 16:54 | ひとりごと

オイル交換のはずが・・・

車を買って3か月。もうすでに6500マイルも走ってしまった。そろそろオイル交換の時期なので、ミッションのメカニックのところにもっていった。これからアリゾナやなんやらと長距離を走るから、ブレーキパットとかみてね〜〜といっていたら。「あらら〜〜、これ見てよ、ここから泡がでてるでしょう?これは、ラジエターがもうだめになってるからなんだよ、交換だな〜〜。じゃないと、すぐにオーバーヒートするよー。Hondaはオーバーヒートしたら、すべてダメになってもう乗れないよ。」だって。とほほ。1992年のHondaアコードを3000ドルで購入したのだが、まあ、次から次へと修理が襲う。古い車なので仕方がないが。30分のオイル交換で終わる予定が修理終了は半日かかることとなった。仕方なくきょうの予定をキャンセルし、待ち時間を撮影へと切り替えた。14St.から歩いて16St.へ。グレロからミッション・ドロレスへ向かった。3ドルのドネーションを払ってなかに入った。説明によると、1776年に建てられたこの古い教会は、この辺りに住んでいたネイティブが多く入信し、存続を支えていたのだそう。またまたネイティブに遭遇。とにかくもともと、アメリカ全土にネイティブは住んでいたのだ。サンフランシスコだってもとは荒野だったのだから。
 教会に隣接している静かなセメタリーには、多くの墓標があったが、どこにもネイティブのものとしるされているものを見つけることはできなかった。ミュージアムショップの女性と話しながら、ネイティブのセメタリーはあるの?と訪ねると、「それが、ないのよ。とてもアンフェアーだわ」という答えが返ってきた。うーむ。わたしがフォトグラファーで、ネイティブについていろいろ知りたいと思っていることを知らせると、「それなら、いい人を紹介してあげる!」と、ある人物の連絡先を教えてくれた。またまた、つながっているようだ。明日にでも連絡してみよう。
 もう一度、セメタリーにもどり撮影をしていると、聖堂からパイプオルガンの音色が聞こえてきた。その、美しい響きに吸い寄せられ、聖堂に入った。大きなドームを天に配した見事な大聖堂である。パイプオルガンの奏者以外、誰もいない。わたしは中央の席に腰を下ろした。目を閉じ、神聖な音色に酔った。音楽はやはり、まぎれもなく天から降りてきたものなのだなと実感し至福を味わった。
「平和ってなんだろう。自由ってなんだろう?」そんな、思いが胸の奥からわいてきて、涙がこぼれた。
 
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# by artaira | 2005-02-10 16:32 | ネィイティブ・アメリカン