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カウントダウン

とうとう、私の留学生活も残り1ヶ月を切った。この見晴らしともお別れかと思うと寂しい。日本には日本の生活が待っているが、正直、こちらの暮らしも充実していてかなり捨てがたい。こんなに自分の写真と向き合い撮影し続けることのできた1年はなかった。働かなくていいというのは、素晴らしくありがたいことである。この1年は私の人生にとって神様からのギフトのようだ。文化庁、そして皆様に心より感謝である。

 屈折数十年と思っていたが、一生懸命やっているといいこともあるものだ。世の中まだまだ捨てた物じゃない。

 神様の采配は、常に絶妙なタイミングである。

ただ、いつも寸止めというところまでいって私を救ってくれるので、かなりはらはらする。いやいや、贅沢をいってはいけない。救ってくれるだけで、ありがたい。まだ、見捨てられてはいないようだ。

ともかく。

 シャスタから帰ってからは、ほとんど毎日会社にいくようにcityのラボでカラープリントか、8x10の現像をしている。だいたい、1日10時間くらいこもっているが、あっという間にすぎてしまう。

そして、なにより楽しい。
 
 昨日は一日中、日本に帰ってすぐに行う写真展のためのカラープリントをしていた。去年のクリスマスから撮り始めたプロジェクトで、再び自分に挑戦をしている作品である。写真展については、次回に詳しく書くとして。

 私の作品作りというのは、アドベンチャーとサバイバルのようなものだなと思う。私の旅もそうであるように、結局わたしはそういう事が好きなのだろう。撮影自態だってアドベンチャーそのものだし。
 そういえば人生も山あり谷あり、まさかの坂を転げそうになりながらもそれ風に楽しんで生きている。いつもチャレンジしていくことが、やめられないという難儀な性質なのだ。

 「当たり前の生き方」をしろとか、「不器用な生き方」だとか、あげくの果てには「なにもするな」などといろいろとアドバイスをしてくださる方もいたが、こういう性質だから「お金を手にして、家をもって、いい車に乗って」では、残念なことに幸せになれないのだ。それで幸せになれたら、この生き方よりどんなにか楽な事だろう。

 チャレンジのあとに見えるものが見たくて、生きているようなものなのだから。
 それが私をより成長させ、そしてなにより私の魂が喜ぶからなのだ。

 今日もこれから8x10の現像に向かう。

残されたアメリカでの時間を、思う存分写真にかけてみよう。

 

 
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by artaira | 2005-08-30 01:41

ファースト・ピアス

 今年の五月の終わりごろ、生まれて初めてピアスを開けた。学生のころから周りの友人はほとんどピアスにしていたが、なぜか全く興味がなくこの年まで開けずにいた。

 5月ごろに知り合ったネイティブの男性がしていた小さなオニキスのピアスが、やけに自然に美しくうつった。それが、自分もピアスにしたいという動機だった。

 家のちかくのLuksperのショッピングモールのジュエリーショップにいって、
「あのー、ピアスあけたいんですけどー」
と、聞くと、すぐにその場でホチキスのような機械でパッチンと開けてくれた。それから6週間はその時のピアスをつける。これがファーストピアスである。6週間後は、それを外して好きなピアスをつけられる。
 わたしのファーストピアスから6週間後は、ナバホのキャンプの直後だった。年に一度ナバホのリザベーションで行われるラグ・オークションにいったとき、ブラックメサからきていたナバホの人から手作りのビーズ・ピアスを買った。思わず、ファーストピアスを卒業して、そのピアスに付け替えてみた。ところが。これが、そう簡単なものではなかった。6週間たったとはいえ、傷はまだまだ癒えていなかった。ナバホのピアスは初心者にしてはあまりに重たく、すっかり傷が真っ赤にはれてしまった。c0029032_145039.jpg
 
なんども、そんなことを繰り返し、このごろやっと、自由にピアスを楽しめるようになってきた。
 自分でも不思議なほどピアスは楽しく、知らず知らずに増えたコレクションのなかから、毎日どれにしようかと迷うのが新鮮な歓びである。
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by artaira | 2005-08-27 15:48

もようがえ

ここに住んでから、初めて模様替えをした。といってもとてもシンプルな部屋なので、単にテーブルを窓際に持ってきただけなのだが。
 こちらの暮らしもあと1ヶ月ほど。せっかく海の見えるところに住んでいるのだから、窓に向かって仕事机を置いてみた。
 物書き用に、ベランダにベンチやテーブルを置いたが、シスコは、昼間は暑いし夕方からは肌寒いし。外で過ごすのはそうコンファタブルではない。そのうえこのところ、アパートの外壁の塗り直し工事のため、ベランダのプランツを部屋に入れなければならず、なんだか部屋がジャングルみたいになっていた。晴れてきょうから、またベランダがOPenになったので、おもいきって配置を換えた。
 対岸のサウサリートの夜景が美しい。なんで、もっと早くこうしなかったんだろう。
海の見えるところに住む事も私の夢の一つだった。こんなに美しい場所に、再び住む事ができるのだろうか。
 
 ふと、南イタリーのアドリア海の青さを思い出した。

白い壁にまぶしい太陽。紺碧のアドリア海も悪くない。

なーんてね。
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by artaira | 2005-08-25 13:33

シャスタ その2 パンサーメドウズ

シャスタの中腹にパンサーメドウズというスプリングの湧き出る美しい場所があると聞いた。1月にシャスタにきて以来、その雪解けをずっと待ち続けた。
そして、パンサーメドウスが一番美しい季節といわれる8月に再びやってきた。これがシャスタの最後の撮影になるだろうと思いながら・・・。

 ところが!!!

たどりつくと、なんとわたしの撮影したいスプリングのあるアッパーパンサーメドウズは立ち入り禁止になっていた。
 入り口で見張っているレンジャーにわけを尋ねると、どうやらそのスプリングあたりにアッシュがあったそうで、つまり散骨をした人がいたらしく、事件性も考慮し調査に2週間を要するとのことで今月いっぱい閉鎖するということだった。

 し、信じられない!

この美しい季節に2週間も立ち入り禁止とは。

 なくなった方には申し訳ないが、個人的な行為のために、その美しさを体験したい人たちが全員閉め出しとは!!!
 散骨しようという発想は、いったいどこの国の人だろう。まさか日本人じゃないでしょうね。ありえるかもしれないなー。

 8ヶ月も待っていたのに!!!
 
 がっかりしながら空を見上げるとシャスタに円盤雲がかかっていた。
この5回に及ぶシャスタ訪問で、初めて見る光景である。円盤雲も撮りたい撮りたいと思っていたのに全然出会えず、夏は滅多にでないと聞いていたので全くあきらめていたにもかかわらず、こんなまじかで見るなんて。その日は雲を追う事にした。

 翌日の夕方、再びパンサーメドースを訪れた。

 6時過ぎていたせいか、人影も少なく静かな空気が流れていた。アッパーに向かうトレイルは立ち入り禁止の立て札がいたるところにたてられていた。「ロウアーなら見れるわよ」といっていたレンジャーのいいつけ通り、ロウアーのトレイルを進んだ。ごろごろと転がっている石をよけながら、乾いた土のトレイルを数分歩くと、遠くに緑の草に覆われた一帯が見えてきた。その辺りに近づくとはっきりと気の違いを感じる。耳を澄ますと水の流れる音が聞こえてくる。アッパーのスプリングから湧き出たシャスタの雪解け水が、何本にも分かれたクリークを澄んだ音を立てて流れているのだ。足下を見ると小さなせせらぎが私を迎えた。
なんて美しい水だろう。
この水の恵みを受けた高山植物が一面に広がり、赤、黄色、水色の花をみごとに咲かせている。夕日を浴びたパンサーメドウズは確かに
「天国ってこんなところなのか」と思わせた。

 そもそもパンサーメドウズは、ネイティブアメリカンの聖地である。かれらは、ここで遥か昔からセレモニーを行ってきた。祈りの場所、つまり、彼らにとってのチャーチなのだ。
 
 いまでは、一般に公開され誰もが行けるようになった。

 シャスタといえば、アリゾナのセドナのように、ボルテックス(エネルギーの集まってる場所)とされ、ニューエイジの人たちが多く訪れる。このニューエイジの人たちがパンサーメドウズで集会をおこなったり、シャスタが観光地としてスキー場になっていたりと、ネイティブのチャーチとしての聖地の尊厳を危惧する問題も側面に抱えているのが現状だ。

 そして、この散骨騒ぎ。

私がパンサーメドウズに初めて立ったとき、こんな思いが胸をよぎった。

「何も知らない人間が踏み込んでは行けない場所なんじゃないか・・・。」

 ネイティブたちは共通してこんな風に自然と関わってきた。
「人間は、自然を守るために生まれてきた。だから、自然を大切にするのが自分たちの役目なのだ。」
 かれらは、本当に自然の一部なのだ。
 そんなかれらも、自然とともに壊されてきた。自然だからこそ。

 自然は、私たちが思う以上に簡単に壊れてしまうものなのかもしれない。

 どうして人間はこんなに自然から切り離れてしまったのだろう。

 今回の散骨事件がなければ、私もこんな風に考えなかったかもしれない。そして、このおかげで、パンサーメドウズのスプリングは、人間に踏み込まれず、一番いい季節を静かに過ごす事ができるのかもしれない。

何が幸いなのか、わからなくなる。
 
 帰りがけ、3人の男女が立ち入り禁止の札を無視してスプリングのほうに向かって歩いていた。レンジャーはすでにいないので、もちろん、わたしもいこうとおもったらいける。でも、不思議とパンサーメドウズの神聖さを体験しただけで、自然に感謝する気持ちでいっぱいになった。

 それで充分だとおもった。

 自然には、不用意に人間が侵してはいけない領域というものがあるということを感じた。

 それが、私が踏みとどまった自然に対する敬意であると。

 これが、禅でいう「知足」、足るを知るということなのかと・・・。

 

 帰りがけ、パンサーメドウスのキャンプグラウンド(ここにもキャンプ場が!)でであった女性に、
「この時を待ってきたけれど、スプリングにはいけなかったわ」
と話すと、彼女は微笑んでこういった。

「すべてはあなたにとってパーフェクトなタイミングよ」

 
 それって、これが最後じゃないっていうことだろうか・・・。

 

 
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by artaira | 2005-08-22 09:12

シャスタ その1 ツールレイク 

シャスタの旅もこれで5回目だ。今回もマクラウド近くのFowlers campgroundでキャンプをした。途中、HisakoさんとAkiさんが合流し、いっしょに近くに撮影に出かけた。撮影キャンプにしては、めずらしく毎日豪華な食事でお二人に感謝である。わたしの誕生日もMt.Shasta cityの素敵なイタリアンレストランで祝っていただき、感激!嬉しかった。
 お二人と別れ、ツールレイク(Tulelake)へ向かった。ツールレイクは第二次世界大戦中に、日系アメリカ人の強制収容所のあった町である。日本軍の真珠湾攻撃後アメリカ政府は、アメリカにいる日系人、1世にとどまらずアメリカで生まれた2世の日系アメリカ人の彼らからも私財をすべて取り上げて、終戦までの数年間アメリカ全土10カ所の施設に強制収容をしたという歴史がある。
 ロサンジェルス近くにあるマンザナールも同じ日本人強制収容所があった場所である。ここは、アンセルアダムスの作品で見た事のある人も多いと思うが、わたしは彼のドキュメンタリーとしてのこのシリーズが好きだ。ただ美しい風景ではない。ここで起こった出来事をしっかりと見すえている写真家の視線やメッセージがはっきりと感じられるからである。
 話をツールレイクにもどすと、この収容所は、アメリカ政府がアメリカに忠誠を誓うかどうかの質問「忠誠質問状」に「NO」と答えた「NO,NOボーイズ」と呼ばれた人々が収容されていたという。また、この忠誠質問状に「Yes」と答えた人たちの多くは、第二次大戦の激戦区にアメリカ人として送られた。
 移民の国アメリカで起こった悲しい歴史的事実を、わたしたちは知る必要がある。
 ただ、被害者として大騒ぎをするのではなく、
 戦争、奪い合い、差別、etc・・・。
これらの愚かな間違いが今後繰り返されないように。事実をしっかり見すえ、自分はどうあるべきかを一人一人が自分自身に問うために。
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by artaira | 2005-08-21 02:12

シャスタ

さてさて、きょうからシャスタに出かける。雪のために取り残していた場所を撮るためである。今回がシャスタの最終撮影になるだろう。もちろんキャンプする。アリゾナとちがってシャスタは森、川、滝などを充分満喫することができる。自然の声に耳を傾け、自然の力を吸収してこよう。
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by artaira | 2005-08-17 04:39

Good-by New York

ニューヨーク8日間の旅もあっという間に過ぎた。いまはもうニューアーク空港をでてサンフランシスコに到着し、家にたどり着いた。昨日の晩は、ShigeちゃんKakuちんShizukaちゃん、Kurageくん、Saraとみんなで中近東料理を食べにいった。どれもすごく美味で、いままで食べたMiddle Eastenのなかで最高だった。
 友人の家にもどりゆっくりしながら、またまた話がもりあがった。数日前は、スペイン人の入植についてからはじまり、アラブ人の歴史、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教についてなど、大盛り上がりで朝まで生テレビ状態だった。昨日は、わたしたちのいた小学校の教育について盛り上がった。個人を尊重し、個性的な人間を育てるというキャッチは確かに素晴らしいのだが、そこでのびのび育つと、日本の社会に出てからのギャップに悩むというのが二人の共通した感想だった。社会にでると、どこか浮いてしまうらしい。だから、同じ仲間でかたまって同じ価値観の世界で生きている人が多いようだ。でも、世界にでるとその教育はとても有効なのだ。物怖じしないことも役に立つし、変な事は変だといってもまず問題にならない。違いは個性である事が大前提、違う事を尊重するので、ひとと同じである必要がないからだ。
 あの教育を生かす生き方をすれば人生何倍も楽しいのにねと話した。そうすれば、もっと先輩の小沢征爾さんのような世界的に活躍する人が増えるのにね〜〜と。
 自分では気がつかなかったが、そういえばそうだな〜〜と、友人と話していて思い出した事もおおかった。ここまできた私の生き方も、でる釘は打たれる日本の社会では確かにそう簡単ではなかった。自分自身でいられる写真という道を選んだ事で、自由を得ることができたのかもしれない。

彼女と話していると、時間を忘れいつも朝方になってしまう。一人世界に飛び出してニューヨークにある優秀な大学を卒業し、一時は石油のスペシャリストとして、巨大な金額を動かす仕事もしていた。世界を見ながら生きている彼女の生き方は、同級生としても人としても女性としても尊敬する。結局朝7時半まであっというまに過ぎてしまった。何時間あっても、足りない。お互いに海外で一人で暮らす大変さをいたわりながら、再会を約束した。

友達は、宝ものである。

今回のニューヨークは撮影はもちろん「友人を尋ねる」ことがテーマだったが、この8日間友人の暖かさを心底体験させていただいた。Sigemiちゃん、Sara、Asakoさん、Kakuちん、Sizukaちゃん、Kurageくん、ほんとうに、ほんとうにありがとう。
 
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by artaira | 2005-08-15 23:48

スカパラ in New York

c0029032_581367.jpg いまは小学校のときからの40年来の友人のアパートメントにおせわになっている。ここは、50丁目ブロードウエイ、マンハッタンのど真ん中である。窓から見える景色はまさに、「ここってニューヨーク」である。

友人はアフタヌーンティーに招待されていたので、わたしは、ShigemiちゃんとKakuちんと77丁目のフレアマーケット(蚤の市)へ出かけた。途中、Shigemiちゃんの写真仲間のSizukaちゃんから電話がはいり、セントラルパークでスカパラのフリーコンサートがあるとの情報をget、すぐにむかった。
 セントラルパークにつくと、雨が降り出した。にわか雨?と思いきや雨脚はますますひどくなり、コンサート会場入り口につく頃には、土砂降り。雨のせいか、ゲイトが閉まっていて入れない!待っている人がどんどん増えて、みんな「開けてくれ〜〜」と交渉。そのうちなんとかゲイトがひらき「Brake through!」と大喜びで会場へ。c0029032_5212558.jpg
 どこから集まったてきたのか、会場にはスカパラファンの日本人がいっぱいで、わたしたちもそのなかで、「なかなかかっこいいね、日本人!」なんて、いいながら。彼らのキリリとしまった音を楽しんだ。

 息子は大のスカパラファンなので、メールで自慢することにしよう。
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ノリノリでずぶぬれのコンサート。真っ白なジーンズも茶色にそまりなんとも素敵な体験でした。
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by artaira | 2005-08-15 00:44

ニューヨーク、その後

ニューヨークの滞在もあっという間に過ぎ明日はもうシスコに帰る。毎日こちらの友人にあったり、美術館を見たり、シスコにはない写真用品を探しに行ったり、アンティークショップを巡ったりと充実している。夜は、セントラルパークの無料イベントにいったり、それからブロードウェイのミュージカルを見たり。以前ロンドンでミュージカルにいったときはまあ、こんなもんかとおもったが、今回改めてそのすばらしさに感激した。屋根の上のバイオリン引きといえば、日本でもおなじみだが、これが、舞台装置、アクター、アクトレスのレベルの高さといい、どれもブラボーだった!ジューリッシュのカルチャーや歴史を知る事もでき、なかなか深い。いっしょにいったShigemiちゃんは、翌日偶然ジューリッシュの親子に出会い、まさに、あの内容通りで、それが今も続いていることを知ったという。
昨日は、友人のアパートメントの地下のシアターで、オフブロードウェイを見た。これも、なかなかユニークで、少し年のいったジャニーズ系の5人グループがカソリックの「アルターボーイズ」としてそれぞれの濃いキャラを演じるというもの。
 こんな催しがいたるところで毎日行われているなんて、なんて楽しい街なんだだろう!!!好きだなー、やっぱり!
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by artaira | 2005-08-14 00:03

New York

なんと、きょう私はニューヨークにいる。ニューアーク空港からマンハッタン、そしてクィーンズに住む友人の写真家 Shigemiちゃんの家にやって来た。ひさしぶりのニューヨーク。空港に降り立つと、シスコとは全く違う空気に驚いた。何かが起こりそうな、そんな予感がする街。
  ニュージャージーから、ペンステーション行きの電車に乗り換え、窓際の席に座った。蒼く沈み行く小雨まじりのトワイライトの向こうに、マンハッタンがぼんやり浮かんで見えた。静かに流れる時間。
 ペンステーションでは、Shigemiちゃんがまっていてくれた。

ステップを上りマンハッタンに出た。なんだかすごくワクワクする。

これから15日まで、ニューヨークに思い切りひたってみたい。
「こんどくるのは、もしかしたらここかもしれない」、そんな気持ちになった。
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by artaira | 2005-08-08 11:27