カテゴリ:ネィイティブ・アメリカン( 4 )

オイル交換のはずが・・・

車を買って3か月。もうすでに6500マイルも走ってしまった。そろそろオイル交換の時期なので、ミッションのメカニックのところにもっていった。これからアリゾナやなんやらと長距離を走るから、ブレーキパットとかみてね〜〜といっていたら。「あらら〜〜、これ見てよ、ここから泡がでてるでしょう?これは、ラジエターがもうだめになってるからなんだよ、交換だな〜〜。じゃないと、すぐにオーバーヒートするよー。Hondaはオーバーヒートしたら、すべてダメになってもう乗れないよ。」だって。とほほ。1992年のHondaアコードを3000ドルで購入したのだが、まあ、次から次へと修理が襲う。古い車なので仕方がないが。30分のオイル交換で終わる予定が修理終了は半日かかることとなった。仕方なくきょうの予定をキャンセルし、待ち時間を撮影へと切り替えた。14St.から歩いて16St.へ。グレロからミッション・ドロレスへ向かった。3ドルのドネーションを払ってなかに入った。説明によると、1776年に建てられたこの古い教会は、この辺りに住んでいたネイティブが多く入信し、存続を支えていたのだそう。またまたネイティブに遭遇。とにかくもともと、アメリカ全土にネイティブは住んでいたのだ。サンフランシスコだってもとは荒野だったのだから。
 教会に隣接している静かなセメタリーには、多くの墓標があったが、どこにもネイティブのものとしるされているものを見つけることはできなかった。ミュージアムショップの女性と話しながら、ネイティブのセメタリーはあるの?と訪ねると、「それが、ないのよ。とてもアンフェアーだわ」という答えが返ってきた。うーむ。わたしがフォトグラファーで、ネイティブについていろいろ知りたいと思っていることを知らせると、「それなら、いい人を紹介してあげる!」と、ある人物の連絡先を教えてくれた。またまた、つながっているようだ。明日にでも連絡してみよう。
 もう一度、セメタリーにもどり撮影をしていると、聖堂からパイプオルガンの音色が聞こえてきた。その、美しい響きに吸い寄せられ、聖堂に入った。大きなドームを天に配した見事な大聖堂である。パイプオルガンの奏者以外、誰もいない。わたしは中央の席に腰を下ろした。目を閉じ、神聖な音色に酔った。音楽はやはり、まぎれもなく天から降りてきたものなのだなと実感し至福を味わった。
「平和ってなんだろう。自由ってなんだろう?」そんな、思いが胸の奥からわいてきて、涙がこぼれた。
 
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by artaira | 2005-02-10 16:32 | ネィイティブ・アメリカン

エンジェルアイランド その1

c0029032_13455674.jpg 私の住むティブロンという町からでているフェリーで、エンジェルアイランドにいった。この町に住んで4か月近くになるが、ポストオフィスに行くぐらいで、町の様子をほとんど知らなかったが、きのう、ふと思い立ってティブロンを友人と散策した。ニューイングランド風のほんの50メートルほどのメインストリートには、気の利いたカフェやヨットハーバーに面したこ洒落たデッキのシーフードレストランありと、週末はエレガントな人々でびっくりするほど華やかににぎわっていた!!!、恐ろしいほど小さな映画館もあり、そこでは3月にティブロン映画祭なるものを開催するらしい。
 サンフランシスコからゴールデンゲイトブリッジをわたり、車で20分ほど走った海沿いの小さな町。かねてから、海の見えるところに住むのがわたしの夢のひとつだったが、今回それも実現した。窓からは、対岸のサウサリートやアメリカでも5本の指にはいるベルデベロという高級住宅街のある島がおりなす複雑なラグーンが見下ろせる。夕暮れには、毎日違った美しい夕日を見ることができる眺めのいい部屋だ。
 きのうの散策の途中、エンジェルアイランドにでているフェリーがあるのを見つけた。オフシーズンのいまは、週末しか便がなく、日曜日のきょう行ってみることにした。以前ネットで20ドルで買ったマウンテンバイクに乗って出発。10時始発のフェリーに乗り込んだ。エンジェルアイランドまでの所要時間、たった10分。c0029032_1343072.jpgあっという間に到着した。なにもない島だと聞いていて、近くでも全然魅力を感じていなかったのだが、まあ、休日のサイクリングにでもという軽い気持ちで向かった。
 島は、一周12マイルほどのトレール(小さな山道)があり、バイク(自転車)でも多くを回ることができる。アップダウンが多く、わたしのギアの壊れた自転車では、登り坂はすぐにギブアップしてしまう。
 途中、コロニアル様式の歴史記念館のようなところにはいると、ここにMiwoksと呼ばれるネイティブが季節によって、暮らしていたという記録があった。定住していたのではないので、サイトは残っていないが、彼等が暮らしていた場所は、わき水のでる、Cove(小さな港)だったようだ。そこに、漁のできる季節に魚やカニを捕りにきていたようだ。記録を読んでいくうちに意外な事実を発見した。なになに?実は、彼等の住居は、なんと、いまのティブロン半島だった?ええー?。確かにこのマリンカウンティの歴史の本にもティブロンにネイティブが住んでいたというちいさなトピックを読んだことがあったが、ここにははっきりと、Miwoks族のロカールグループのHookooeko族が住んでいたのは、いまのティブロンだったと記されていた!ネイティブが選んで住む場所は、物理的にも恵まれた地であるが、エネルギーをとらえることのできた彼等は、エネルギーの低いところには住まないはずだ。Sounds is nice!ティブロンにもネイティブが大切にしていたスピリチュアルな場所があるのかもしれない。なんだか、わたしがここを選んで住んだこと、そしてネイティブをエクスプロールすることが、つながってきたなー。最近シンクロがとても多いので、これを偶然だと流さずに、きちんと記憶しておくことにする。きっと、またなにかにつながっていくに違いない!だんだん、わくわくしてきた!エンジェルアイランド、まだまだつづくけど、後半はまた次回に!BeContinue....
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by artaira | 2005-02-06 11:30 | ネィイティブ・アメリカン

スエットロッジ

先日、シャスタでスエットロッジなるものを体験した。これは、ネイティブアメリカンが行うこころと体、そして魂を浄化するための儀式なのだ。ネイティブをエクスプロールするわたしにとっては、もちろん避けてはとおれない道である。スエットロッジは地面にドーム型に作られた柳の枝の骨組みを、厚手の布で覆ったテントの中で行われる。テントのかたわらの炉で直径20センチほどの石を真っ赤になるくらいいくつも焼いている。裸足になって、準備ができたら、その炉にネイティブ特有のたばこの葉をひとつまみ投下する。そして、右回りにテントの小さな入り口の前にいき、ネイティブの女性にセージの葉の煙で体を浄めてもらい、テントの中へ。テント内もすべて右回りがお約束らしい。すでに、おおくの人たちがテントにそって座っていたので、わたしは、中心にある溝の回りにタオルをしいて座った。隣はネイティブの高齢の女性。右も、ネイティブの男性だ。溝を囲む円はみなネイティブのひとたちばかり。そして、分けも分からぬうちに、入り口が閉められ儀式は始まった。テントのなかは、みごとに真っ暗である。完全暗黒、まるで、暗室のようだ。溝には、焼けた石がすでに置かれていた。そこにこのスエットロッジのメディスンマン、ウォーキング・イーグルがなにやら種のような粒をばらまいた。それらは、真っ赤に燃えはじめ、真っ暗な夜空に輝く星のようにも見えた。美しかった。ウォーキングイーグルがグランドファーザー、グランドマザーに祈りのことばを捧げ、こころと体、魂の浄化を祈り、こんどは、そこに水をかけはじめた。すると、焼けた石は、水を蒸気に変え、一瞬にして、テントは蒸せるようなサウナへとかわっていった。熱い。かなり熱い。みんなが、炉からはなれてテントの回りに座っていた理由がやっとわかった。わたしの位置は、もろに熱い蒸気を受ける。仕方がない。これも運命だと甘んじて受けるしかない。祈りの合間に何度も水をかけて蒸気を絶やさぬようにする。途中、再びかんかんに焼けた真っ赤な石をいくつも入れた。その石ひとつひとつが運び込まれるたびに、隣のネイティブの男性が、さきほどの種のような粒を播く。わたしは、三つ編みをした清めの草を左手で持ち、その種を四方に散らすように命ぜられ、わけも分からず焼けるような石を必死で追い、真っ赤な星を散らした。汗が吹き出て止まらない。太鼓の響きは、お腹から尾てい骨にかけて振動し、歌声は、胸から頭のてっぺんに響いた。赤く焼けた石以外は黒の世界。そこでわたしが見たビジョンとは・・・。これを、ことばに出してはいけないように思うので、ノーコメントにするが、とにかく、不思議な体験であったことだけは、確かである。1時半からかじまり、約3時間の総勢25人ほどの蒸し風呂体験は凄まじいものだった。うようやく、外に出て裸足で雪の上を歩き、熱気をさました。1月半ばからずっと痛んでいた背中が、すっと楽になっているのに気が付いた。また、体が空気のように軽く感じた。ふと、ウオーキングイーグルが盛んにいっていたことを思いだした。真実の自分自身をリスペクトすることが今回のテーマだ、ということを・・・。
頬を横切るシャスタの風は、私のなかに芽生えた決意を知っているかのように思えた。




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by artaira | 2005-02-04 14:00 | ネィイティブ・アメリカン

Mt.Shasta

c0029032_102666.jpg先週1週間、北カリフォルニアにあるシャスタ山にいってきた。ネイティブアメリカンの神話を模索しているうちに、まえまえから気になっていたこの山が浮上した。マウントシャスタの周辺には、遥か昔から、複数のネイティブアメリカンが暮らしていた。彼等にとってシャスタは聖地であり、素晴らしい自然を壊さぬように太古から彼等に伝わる神話や知恵をけっして忘れることなく生活していたという。今では、悲しいことにほとんどの部族は滅び、ほんの少しのネイティブが残っているだけだ。歴史を調べていくうちに、私のなかに何かが押し寄せてくる。アメリカに来て、一貫して感じる何か。これが、ここでの作品作りの原動力になることは間違いないと感じている。
また、シャスタには失われた大陸といわれているレムリアからの生存者が、最後にたどり着いた場所だという伝説がいまもなお息づいている。ここに訪れたおおくの人々が体験する数々の不思議なできごとが、時空を超えてレムリアへと誘っているからかもしれない。
いずれ訪れるであろう、アリゾナやニューメキシコにおけるネイティブの聖地とともに、シャスタと自分との内なる静かな対話を続けていきたいと思う。
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by artaira | 2005-02-02 09:34 | ネィイティブ・アメリカン